「相続の放棄と相続分の放棄の違い」において、相続分の放棄の効果について、説明させていただきました。
その中で、「調停実務としては、基本的には、(相続分の放棄が行われた場合の)他の相続人の相続分の異動については、遺産に対する共有持分権を放棄する意思表示と解し、相続分放棄者の相続分は、他の相続人に相続分の割合に応じて帰属するとする考え方が取られています。」と記載させていただきました。
これ自体としては、正しいのですが、実務においては、相続分の放棄について、相続放棄と同様、その相続人は最初から相続人にならなかったと考えて処理をする場合もあります。
例えば、「主たる相続人がいる場合の相続人多数の事案の対応」 の設例は、子供のいない夫婦の夫が亡くなり、その夫に7人の兄弟がいるという事案でした。この設例をもとに、上記の相続分放棄の処理の仕方を説明します。
この夫の7人の兄弟の内、1人をAとします。この夫が亡くなる前に、A及びAの妻は、亡くなったとします。しかし、A及びAの妻には、B、C、D、Eの4人の子供がいたことから、B、C、D、Eは、代襲相続を行うことになり、夫の相続人となります。
このうち、Eが相続分の放棄を行ったとします。「相続の放棄と相続分の放棄の違い」の記事で記載したように、相続分の放棄を遺産に対する共有持分権を放棄する意思表示と解し、相続分放棄者の相続分は、他の相続人に相続分の割合に応じて帰属するとする考え方をとると、Eの相続分は、兄弟であるB,C,Dのみではなく、他の相続人にも相続分の割合に応じ、帰属することになります。
しかし、自らは遺産を取得することを希望せず相続分の放棄を行う場合であっても、①兄弟等のより近い親族間で自己の相続分を分けることを希望する場合もあり、このような場合だと、前記のように、他の全部の相続人に相続分の割合に応じて帰属させることは、放棄者の意思に合致しないことになります。
また、②相続人が多数で、相続分の放棄・譲渡が数度に分けて行われた場合は、放棄等の時点ごとに相続分の帰属計算を行わなければならず、煩瑣となります。
さらに、相続分の放棄後、代償分割によって調停を成立しようとした場合等、一旦は、相続分を放棄した者(E)も他の相続人が代償金を取得するという情報を得ると③相続分の放棄を撤回し代償金を取得したいと申し出る場合もあります。しかし、この撤回が行われると、当該相続分放棄・撤回の有効無効、受諾条項の変更等の複雑な問題が生じます。
そこで、調停実務においては、事案に応じて、当事者の意思を確認し、相続分の放棄を行った相続人(この場合はE)は、最初から相続人にならなかったとして処理する場合もあります。
例えば、前の設問を簡略化して、夫の7人の兄弟の相続分が各1/28(1/7×1/4)だとすると、Aを代襲相続したB、C、D、Eの相続分は各1/112(1/28×4)となります。上記のように、Eが最初から相続人にならなかったとすれば、B、C、Dの相続分は各1/84(1/28×3)と簡単に計算できることになります。
このように放棄者の兄弟等に放棄者の相続分が分けられるとする方が当事者の意思に合致する場合も多いです(前記①の観点)。また、計算も簡単です(前記②の観点)。さらに、相続分の放棄者が放棄を撤回した場合も、兄弟等の間で調整すれば足りることになります(前記③の観点)。
このような利点があることから、調停実務においては、事案に応じて、当事者の意向を確認の上、相続分の帰属方法を協議し、上記のような処理方法で、調停が成立させられることもあります。