東京家庭裁判所では、遺産分割調停の進行について、いわゆる段階的進行モデルを採用しています。このモデルにおいては、範囲、評価などについて、中間合意を行っていき、調停を進めていくことになります。
遺産の範囲、評価については、それぞれの中間合意の内容が裁判所の調書として記録されることになります。調停が不成立となり、審判手続きに移行した場合も中間合意の内容を維持することを再度合意すれば、審判の資料となります。
では、この中間合意は撤回できるものなのでしょうか。そもそも、中間合意というのは、法律的にはどのような行為なのでしょうか。
残念ながら私は、この中間合意の法的性質について、明確に議論された論文等を見たことがありません。調停内の行為とはいえ、事実行為ではなく、また、契約等の法律行為でもありません。
私などは、民事訴訟法で言う取効的訴訟行為(しゅこうてきそしょうこうい)に類似したものと一応考えています。取効的訴訟行為とは、訴えや攻撃防御方法(申立て・主張・立証)などの直ちに効果に結びつかないが、裁判所の判断などによりその本来の目的を達する行為です。
なお、これに対置されるのが、訴えの取り下げ、請求の認諾・放棄、和解など、裁判所の判断などとは関係なく効果が生じる与効的訴訟行為(よこうてきそしょうこうい)です。
といっても、法的性質が特定されても、それで、中間合意が撤回できるかどうかの問題の結論に直結するわけではありません。
前記の取効的訴訟行為に類似した行為と考えれば、原則としては、手続きの外ではその行為の効力はないことになります。しかし、実務的には、「中間合意についての当事者に対する拘束力は信義則に基づくものであり、いったん合意をしておきながら翻意することが手続上審美に反する場合には、翻意は許されず、中間合意の内容が判断の資料となると解される。」(片岡武ほか編著「第4版家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務」5頁)とされています。
その上で、東京高裁昭和63年5月11日決定(家月41巻4号51頁)が引用されています。
この決定は、東京家庭裁判所の審判に対する即時抗告を却下した決定です。実体法の争点としては、すでに最高裁判決(平成17年9月8日他)で決着のついた相続開始後の法的果実(家賃)が遺産かどうか(遺産でないとするのが最高裁判決)等です。
しかし、この決定が中間合意との関係で問題となるのは、この事件では、家庭裁判所の調停・審判の段階では、当事者が不動産の評価について合意していたのですが、審判の内容が自分の意向と違った当事者が抗告を申し立て、不動産の評価についても、合意と異なり、不服を申立てたことです。いわば、中間合意を撤回したわけです。
これについて、同決定は、「(抗告人の不服は)手続上信義に反する行為であるといえるから、当裁判所がこの点に関する立証を許さないで、抗告審としての判断をしても抗告人の財産権を不当に侵害し、かつ、著しく正義に反する違法不当な裁判をしたということはできない」として、中間合意の撤回を認めず、却下しました。
この決定は、原審審判が出されていますので、調停の中での中間合意の撤回とは事案が異なります。
また、調停の場合、申立人の調停取り下げについては、相手方の同意等の制約はなく、調停が終了すれば、合意もなかったことになりますので、取下げという選択肢はあります。とはいえ、通常、申立人は現状を変更したくて申し立てるのであって、結局再度、調停等を申し立てるか、相手方が申し立てることになり、その調停の中では、結局、前の中間合意の効力が事実上問題となるでしょう。
このような場合の裁判所の判断はまだありませんから、どうすればよいかということになると、撤回しなければならないような中間合意はしないという当たり前の結論になります。
とはいえ、私も前の弁護士の辞任後、調停を途中から引き受け、なんでこんな合意をしたのかわからず、その後の処理に悩んだこともあります。
遺産に不動産、株式などがあり、範囲の合意、評価の合意が争点となる場合は、相続に強い弁護士に依頼することをお勧めします。