遺言については、①2019年1月13日より、自筆証書遺言の目録は自筆以外の方法も可能となりました。
また、②2020年7月10日より、自筆証書遺言を法務局で預かる制度が開始します。
さらに、2019年7月1日より、③遺贈義務者は、相続の時の状態で渡せばよいこと、及び④遺言執行者の権限が明確になりました。
このページでは、相続法の改正による遺言制度を解説します。
遺言制度に関する改正の内容
遺言制度に関する改正の内容は以下の通りです。
Ⅰ 自筆証書遺言について、財産目録は、自筆でなくてもよいこととした。
Ⅱ 自筆証書遺言を法務局で預かる制度を創設した。
Ⅲ 遺贈義務者の引渡義務を改正した。
Ⅳ 遺言執行者の権限を明確化した。
以下で詳しく説明いたします。
自筆証書遺言について、財産目録は、自筆でなくてもよい
改正の1番目は、自筆証書遺言(じひつしょうしょいごん)について、財産目録は、自筆でなくともよい(ただし、各頁に署名・捺印は必要)としたことです。これにより、自筆証書遺言をより使いやすいものとしました。
遺言は、法的に定められた形式で作成しなければ、効力を持ちません。
法律で定められた遺言の中に、自筆証書遺言(じひつしょうしょいごん)という遺言書があります。
自筆証書遺言(民法968条)とは、遺言者が遺言書の全文、日付及び氏名を自分で書き、押印して作成する方式の遺言です。
同じ遺言でも、遺言者が遺言の内容を公証人に伝え公証人がこれを筆記して公正証書による遺言書を作成する公正証書遺言(民969条)や、遺言者が遺言内容を秘密にした上で遺言書を作成し公証人や証人の前に封印した遺言書を提出して遺言証書の存在を明らかにすることを目的として行われる秘密証書遺言(民970条)と異なり、自筆により作成することができます。
従前は、自筆証書遺言の中の財産目録についても、自筆で書くことが求められました。
推定相続人(現状のままで相続が開始された場合に相続人となるはずの者。)の1人に対し、全ての財産を相続させることを遺言書に定める場合は、例えば
「第●条 遺言者は、遺言者の有する一切の財産を、遺言者の妻〇〇〇(生年月日)に相続させる。」
などと記載すればよく、財産目録は、特に必要ありません。
しかし、複数の財産を、複数の推定相続人に相続させることを定める場合には、それぞれの推定相続人に相続させる財産を特定しなければなりません。
ところが、例えば、所有する不動産が多数ある場合、それらの不動産のそれぞれを、特定する形で、自筆で記載することは、量的にも、特に高齢者の場合、大変です。
また、記載を間違えた場合は、全部を修正する必要はありませんが、加除その他の変更は、遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押す必要がありますので、これもまた大変です。
今回の改正は、遺言書の本体部分である遺言の内容等を定めた部分と財産目録の部分の取り扱いを分け、前者については、いままでどおり、自筆で記載することを必要としつつ、財産目録については、自筆である必要はないとしました。
ただし、財産目録の各頁(両面の場合は、その両面それぞれ)に署名・捺印をすることが必要としました。
この条件を満たせば、ワープロで作成しても、他人に書いてもらっても、不動産の登記事項証明書(又は、そのコピー)や、預貯金通帳のコピーを添付して、目録とすることもできるようになりました。
なお、自筆以外のワープロ等で作成し添付した財産目録が間違っていた場合の修正方法としては、自筆の場合と同様、加除その他の変更は、遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押す必要があります。
【いつから改正の効果が生じるのでしょうか。】
この自筆証書遺言の財産目録の自筆不要については、附則6条において、「附則第1条第2号に掲げる規定の施行の日の前にされた自筆証書遺言については、新民法968条第2項及び第3項の規定にかかわらず、なお従前の例による。」とされています。そして、施行日は、公布の日(平成30年7月13日)から起算して6ヶ月を経過した日から、効力を生じる(法律的には、「施行(セコウ)される」と言います。)ことになっていますので(付則1条2号)、2019年1月13日よりあとに作成される自筆証書遺言の財産目録については、自筆は不要となっています。
自筆証書遺言を法務局で預かる制度の創設
改正の2番目は、自筆証書遺言を、遺言者の住所、本籍地、又は遺言者が所有する不動産の所在地の法務局に預ける制度を創設したことです。
自筆証書遺言(じひつしょうしょいごん)は、自分で作成できますので、家族を含めた第三者に知られることなく作成することも可能です。しかし、その反面、遺言者が亡くなった場合、その自筆証書遺言が、発見されなかったり、紛失したり、隠匿、破棄等されてしまう可能性もあります。
いままでは、これらの危険性があることから、弁護士などが依頼を受けて遺言書を作成する場合は、公証役場で作成・保管される公正証書で遺言書を作成しました。
今回の改正により、遺言者の住所地若しくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する法務局で、自筆証書遺言を預かる制度ができました(「法務局における遺言書の保管等に関する法律」=通称、「遺言書保管法」が制定されました)。
また、公正証書遺言の場合以外は、裁判所による遺言書の検認が必要とされていますが、この遺言書の保管を請求した場合は、遺言書の検認(民法第1004条第1項)は不要とされました(遺言書保管法第11条)。
遺言書保管法の概要は、以下のようなものです。
遺言書の保管の申請
(1) 保管の対象は、自筆証書遺言の形式で行われた遺言書です(遺言書保管法第1条 以下、「遺言書保管法」は省略します)。他の形式の遺言書は対象ではありません。また、遺言書は、封がないものでなくてはなりません(第4条第2項)。
(2) 遺言書の保管の申請は、遺言者の住所地若しくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所の遺言書保管官に対してすることができます(第4条第3項)。この遺言書保管官とは、法務局のうち法務大臣の指定する法務局(遺言書保管所)において、遺言書保管官として指定された法務事務官のことです(第2条、第3条)。
(3) 遺言書の保管の申請は、遺言者が遺言書保管所に自ら出頭して行わなければなりません(第4条第6項、第5条)。
遺言書保管官による遺言書等の管理
(1) 保管の申請がされた遺言書については、遺言書保管官が、法務局において、原本及その画像情報等の情報を管理します(第6条第1項、第7条第1項)。
(2) 遺言者による遺言書の閲覧、保管の申請の撤回
遺言者は、保管されている遺言書について、その閲覧を請求することができ、また、遺言書の保管の申請を撤回することができます(第6条、第8条)。
(3) 遺言者の生存中は、遺言者以外の方は、遺言書の閲覧等を行うことはできません。
遺言書の保管の有無の照会及び相続人等による証明書の請求等
(1) 死亡した者(被相続人)については、自己が相続人、受遺者等となっている遺言書が法務局に保管されているかどうかを記載した書面の交付を請求することができます。(第10条)。また、遺言者の相続人、受遺者等は、遺言者の死亡後、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付請求及び遺言書原本の閲覧請求をすることができます(第9条)。
【いつから法務局に自筆証書遺言を預けることができるようになるのでしょうか。】
2020年7月10日より、法務局に自筆証書遺言を預けることができるようになる予定です。
【問題点】
今回の改正により、自筆証書遺言を法務局に預けることにより、その紛失・改ざん等の危険が減ることになりました。また、遺言書保管官は、自筆証書遺言が形式面で要件(自筆で記載されていること等)を満たすかどうかについては、確認してくれますが、その内容面については、確認しません。
自筆証書遺言は、自分で作成できることから、従前から、紛争の元になることがありました。
単純な内容であれば、まだよいのですが、複数の相続人に対し、複数の財産を分ける場合、特定の相続人に財産を遺贈する場合であっても他の相続人の遺留分が問題となる事案、さらには、従前、公正証書遺言でも、後で問題になりやすかった物件共有と遺産共有の峻別など、遺言書には、様々な法的な問題点があります。
このような場合、あるいは、不安に思われる場合は、法律の専門家である弁護士に内容を確認してもらうことをお勧めします。
遺贈義務者の引渡義務の改正
改正の3番目は、遺贈義務者(遺贈に伴う手続・行為を実行ずべき義務を負う者)の引渡義務を改正したことです。
改正前の998条は、
「1 不特定物を遺贈の目的とした場合において、受遺者がこれにつき第三者から追奪を受けたときは、遺贈義務者は、これに対して、売主と同じく、担保の責任を負う。
2 不特定物を遺贈の目的とした場合において、物に瑕疵があったときは、遺贈義務者は、瑕疵のない物をもってこれに代えなければならない。」
として、不特定物(具体的な取引に際して、当事者が物の個性を問題とせず、単に種類に着目して取引した物)の場合、①受遺者がこれにつき第三者から追奪を受けたとき(第三者がその物を自分の物だと主張し裁判等でこれが認められ引き渡された場合等)又は、②物に瑕疵があったときは、遺贈義務者(遺贈に伴う手続・行為を実行ずべき義務を負う者)が売り主と同じ責任を負うとされています。
しかし、改正法は、債権法改正において、贈与の担保責任が、「贈与の目的である物又は権利を、贈与の目的として特定した時の状態で引き渡し、又は移転することを約したものと推定する(改正民法551条1項)とされたのにあわせ、上記998条及びこれと関連した1000条を削除し、改正998条として、
「1 遺贈義務者は、遺贈の目的である物又は権利を、相続開始の時(その後に当該物又は権利について遺贈の目的として特定した場合にあっては、その特定の時)の状態で引き渡し、又は移転する義務を負う。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」
と定めました。
この規定により、遺言書に明記のない場合は、遺贈義務者は、相続開始の時の状態で、その物を渡せばよいことが明確になりました。
【遺贈義務者の引渡義務については、いつから改正の効果が生じるのでしょうか。】
2019年7月1日から、効力が生じることになります。
遺言執行者の権限の明確化
改正の4番目は、今まで明確でなかった遺言執行者の権限を明確化したことです。
遺言執行者の相続人への通知義務
改正前は、遺言執行者が、任務を開始したときに、遺言の内容を相続人に通知することを定めていませんでした。このため、相続人が知らない間に、遺言執行者により、被相続人の預貯金等が解約され、トラブルとなることもありました。
そこで、改正により、1007条2項に「遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。」との規定が追加されました。
遺言執行者の権限
(1) 基本
改正前は、「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」(1012条1項)とされ、「遺言執行者は、相続人の代理人とみなす。」(1015条1項)と規定されていました。このため、遺言者の意思と相続人の利益が対立する場合にどのような立場で職務を行うべきかが問題となりました。
今回の改正は、「遺言執行者は、遺言の内容を実現するために、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と、「遺言の内容を実現するために」という文言をいれました。又、改正後1015条に、「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生じる。」としました。
これらの改正は、遺言執行者は、あくまで、遺言の内容=遺言者の意思を実現するために職務をおこなうのであり、相続人の利益のために職務をおこなうのではないこと及び、遺言執行者であることを示してした行為は相続人に対して直接効果が生じることを明らかにする趣旨で規定されました。
これにより、相続人が遺留分減殺請求権を行使しているケースのように遺言者の意思と相続人の利益が対立している場合でも、遺言執行者は遺言者の意思にしたがって職務を行うことが明確にされました。
(2) 特定遺贈の遺言執行者の権限
特定遺贈とは、遺産中の特定の物や権利または一定額の金銭を与える遺贈のことです。
このような特定遺贈については、改正により、「遺言執行者がある場合は、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。」(1012条2項)と規定されました。これは、遺贈義務の履行について、相続人ではなく、遺言執行者が行うことを規定した条文です。したがって、遺贈された物について、受遺者(遺贈により)が、引き渡しの請求(動産の場合)や、移転登記の請求(不動産の場合)を行う場合は、その相手は、遺言執行者となります。
なお、この改正は、特定不動産の受遺者から訴えの被告適格を有する者を遺言執行者に限る判例(最判昭和43年5月31日民集22巻5号1137頁等)の内容を明文化したものです。
(3) 特定財産承継遺言の遺言執行者の権限
特定財産承継遺言とは、遺産分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の1人又は数人に承継させる旨の遺言のことです(改正後1014条2項)。
遺言書に財産を「遺贈する。」ではなく、「相続させる。」と記載する遺言の一種です。
特定財産承継遺言の遺言執行者の権限として、
① 対象相続財産が不動産及び動産である場合、その財産の対抗要件(登記・引渡)を備えるため必要な行為を行うこと(改正後1014条2項)。
② 対象相続財産が預貯金債権である場合、その預金又は貯金に係わる契約の解約の申入れをすること(改正後1014条3項本文)。
ただし、この預貯金債権の解約の申し入れは、その全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限られます(改正後1014条3項但書)。
従前は、遺言執行者が銀行等の金融機関に預貯金の解約を申し入れても、遺言執行者の署名・捺印に加え、相続人全員の署名・捺印を求められることもありましたが、今後は、その預貯金の全額が特定財産承継遺言の目的である場合は、遺言執行者の署名・捺印のみで行うことができます。
(4) 遺言執行者の復任権
従前は、「やむを得ない事由」がなければ、遺言執行者は、その職務をさらに委任することはできないとされていました(改正前1016条1項)。
しかし、このような復任権(遺言執行者がさらに代理人を選任すること)の制限があると、当該遺言の執行に法律上の問題があるケースで遺言執行者に法律面の知識がない場合、適切に遺言を執行することが困難になります。
そこで、改正御1016条は、「やむを得ない事由」との記載を除き
1項「遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」
2項「前項本文の場合において、第三者に任務を行わせることについてやむを得ない事由があるときは、遺言執行者は、相続人に対してその選任及び解任についての責任のみを負う。」
としました。
【遺言執行者の権限の明確化については、いつから改正の効果が生じるのでしょうか。】
2019年7月1日から、効力が生じることになります。