つい先日、20歳ほど年上の友人Aが70代後半で亡くなりました。
その配偶者は10年ほど前に亡くなっています。お子さんは、BとCのお二人です。
Aは、資産家で、不動産と多額の預貯金を有していました。
Bは、ようやく入った大学を中退し、Aからお金を借りては、事業を興しては失敗し、そのたびにAが後始末をしました。
このような経緯もあり、Aは、資産はほとんど全てをCに相続させ、Bには、遺留分に該当する預貯金を相続させる内容の遺言を残しました。
また、遺言の中で、遺言執行者として私を指定し、事前に話を聞いていた私もこれを承諾しました。
ところが、まだ、Aが亡くなったばかりなのに、Bは、遺産の不動産の相続持ち分(2分の1)を売却しようとしているようです。
むろん、普通なら相続の持ち分など直ぐには売却できませんが、どうも、Bに大金を貸しているDがそそのかしているようです。
判例によると、遺言による相続の移転登記をしなくても、この場合のBは無権利者なので権利の移転はできず、特に問題はないと聞きました。
できれば、Aの四十九日が過ぎるまでは、事を荒立てたくなく、登記もしたくないのですが、登記手続を、それまで待つことでよいでしょうか。
残念ながら、相談者のおっしゃる判例は、平成30年7月6日に成立した相続法(正確には民法の相続の部分)の改正により、修正されました。
2019(令和元年)年7月1日以降に相続が生じた場合については、対抗要件(不動産であれば登記)を具備しなければ、法定相続分を超えて取得した部分については、第三者に対抗できなくなりました。
そのため、直ぐに遺言による相続の移転登記手続を行うことが必要です

本件の場合であれば、Bが例えばEに遺産の不動産の持分(2分の1)を売却し、Eが先にこの移転登記を設定した場合、遺言執行者である相談者はCの権利(その遺産である不動産全部の権利)を対抗することはできません。これは、遺言執行者がいない場合のC本人であっても同様です。

Eは不動産について、持分2分の1の権利を取得することになります。

むろん、この場合であってもBに対しては、不当利息に基づく損害賠償請求等はできますが、Bにお金がなければ、損害の賠償はできません。さらに、このような場合は、遺言執行者は、登記が遅れたことについて、Cより損害賠償請求をされかねません。

なぜ、このような改正が行われたのでしょうか。

そもそも、相談者の言われる判例(最高裁平成14年6月10日判例 判時1791号59頁、最高裁平成5年7月19日 判時1525号61頁)は、本件のような場合でも、遺言による不動産の物権返答(本件の場合、不動産の全部を相続する)を登記がなくても、Cは第三者に対抗できるとしていました。

しかし、今回の改正は、Cと第三者の関係を対抗関係(民法899条の2)とし、仮に遺言の内容を第三者が知っていたとしても、先に第三者が移転登記を設定すれば、原則として、Cは法定相続分を超える部分について、第三者に主張できないとしました。

このような改正が行われた理由としては、従前の判例だと、遺言によって利益を受ける相続人(本件の場合であればC)は、登記等の対抗要件を備えなくても、その権利取得を第三者に対抗でき、早期に登記等の対抗要件を備えようとする動機がなくなること等が上げられています。この改正については、本件の事案等の観点から批判もあります。

しかし、既に改正が行われてしまった以上、この改正を前提に遺言の執行をしなくてはなりません。

また、今回の改正で、遺言執行者に遅滞なく遺言の内容について、相続人に通知することを義務づけたことともより、より早期に登記を行うことが促されることになりました。つまり、通知をすれば、相続人全員が遺言の内容を知ることになることから、本件のBのように、譲渡により、登記を変更することも考えられるからです。

遺言執行者や遺言により利益を得る相続人は、通知と同時に、遺言に基づく移転登記等の対抗要件の具備を行わなければならなくなったのです。
とはいえ、他の相続人の感情面についての配慮も必要です。このような観点等から、遺言執行について迷われた場合は、弁護士に相談することをおすすめします。