判例紹介
相続人らは、相続開始を知った時から、3ヶ月以上経過後に相続の放棄の申述を行っているが、相続人らが高齢であることや被相続人との関係、相続放棄が完了しているとの誤解、遺産についての情報不足からであり、やむをえない面があったとして、申述を受理する決定をした(東京高等裁判所令和元年11月25日決定 判時2450・2451合併号5頁)
内容
平成29年に死亡した被相続人の相続人ら(それぞれ昭和7年から19年生)が、被相続人の死亡後、被相続人の固定資産税の請求等を内容とした文書を市役所から受領して、被相続人の死亡と自分たちが相続人であることを知ったにも係わらず、相続放棄の各申述は、文書を受領した日から3ヶ月以上経過した後に行われたとして、原審である家庭裁判所では、相続放棄の熟慮期間が経過したとして、本件申述を却下しました(相続放棄を認めなかったということです)。
これに対し、本決定は、原審審判を取り消して、本件相続人らが70代後半から90歳近い年齢という高齢者であること、相続人らは約70年もの間被相続人と会ったこともなく、消息も知らないという関係にあったこと、被相続人の資産や債務の内容等は一切判らなかったこと、また、当該相続人らは、同じく他の相続人(仮にAとします)が代表して相続放棄の手続を行っていると認識しており、実際にAは他の相続人の収入印紙を添付して相続放棄の申述を行っていたという、本件事案の事情から、
「抗告人(注:相続人)らの本件各申述の時期が遅れたのは、自分たちの相続放棄の手続が既に完了したとの誤解や、被相続人の財産についての情報不足に起因しており、抗告人らの年齢や被相続人との従前の関係からやむを得ない面があったというべきであることから、このような特別の事情が認められる本件においては、民法915条1項所定の熟慮期間は、相続放棄は各自が手続を行う必要があることや滞納している固定資産税等の具体的な額についての説明を抗告人らが市役所の職員から受けた令和元年6月上旬ころから進行を開始するものと解するのが相当である。」
と放棄の申述の受理を認める決定(相続放棄を認めたということです)を出しました。
説明
債務を有する遠縁の親戚の死亡により、自分がその相続人となったことを知るきっかけで、多いのは市役所等から固定資産税等の請求の文書が送付されることにより知ることです。
この場合、少額だと思って相続の放棄をしないでいると、後で、他の多額の債務があることがわかり、困ったことになることがあります。
亡くなられた被相続人に配偶者も子供がいない場合であればともかく、優先する相続人が相続の放棄をしている状況であれば、通常は、ある程度以上の債務が存在すると考えられますので、相続放棄の申述を検討されるべきです。
相続放棄の申述を行う際には、できる限り、相続開始を知った時から3ヶ月が過ぎるまでに行うことは当然ですが、知った時期が不確かな場合、この決定にある事情がある場合などは、とりあえず、相続放棄の申述を行うべきですし、判らない場合は、弁護士に相談すべきだと思います。
「家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するには、その要件を審査した上で受理すべきであることはいうまでもないが相続の放棄に法律上無効原因の存する場合には後日訴訟においてこれを主張することを妨げない」(最高裁昭和29年12月24日判決 民集8巻12号2310号)とされており、受理の効力はあくまで、限定されたもので、本件の場合でも、あとで、訴訟で争われる可能性はあります。
これを踏まえ、本件決定は、「相続放棄の申述は、これが受理されても相続放棄の実態要件が具備されていることを確定させるものではない一方、これを却下した場合は、民法938条の要件を欠き、相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合を除き、相続放棄の申述を受理するのが相当」としており、受理の間口を広げる考えをとっています。最高裁の判例ではありませんが、高裁しかも、東京高裁の決定ですので、これからの実務に影響を与えると考えられます。
なお、前記のとおり、相続の放棄の申述の場合は期限を守ることが前提ですが、相続放棄を行う場合には自分が相続放棄を行うことで、相続人になる方に、ご連絡し情報を伝えるなどするか、場合によっては自分のところで全てを片付けるため限定承認を検討するなど、配慮できる場合は、した方がよいと思います。