判例紹介
賃貸人が亡くなった場合、敷金返還義務は賃貸人としての地位を相続し、承継した者が全部承継するとした裁判例(大阪高裁令和元年12月26日判決 判時2460号71頁)
内容
事案はかなり複雑で、原告の賃借人の代表取締役も相続人ですので、相続紛争の一環というのが実態です。
以下には、相続人の数を減らす等事案を簡略化して記載します。
本件は、A(被相続人)から、AとBの共有する建物(以下「本件建物」といいます。)を賃貸(以下「本件賃貸借契約」といいます。)していたX社(代表取締役B)が、敷金として3000万円を差し入れていたところ、Aが死亡しました。
Aの相続人は、前記BとYでした。
本件建物のAの持ち分はBが相続する遺産分割が行われました(この時点で、本件賃貸借契約の賃貸人はB、賃借人はX社)。
その後、Bは第三者のCに本件建物を売却しましたが、本件賃貸借契約はCを賃貸人として継続し、その後、CとX社は、本件賃貸借契約を合意解約しました。
X社は、相続人Yに対し、敷金返還請求権に基づき、その法定相続分に応じた金額及び遅延損害金を求める訴訟を提起しました。
これに対し、一審判決は、X社の請求を棄却しました、これに対して、X社が控訴したのが、本判例です。
本判決は、
「敷金は、賃貸人が賃貸借契約に基づき賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから、敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し、賃貸借契約に随伴すべきものと解されることに加え、賃借人が旧賃貸人から敷金の返還を受けた上で新賃貸人に改めて敷金を差し入れる労と、旧賃貸人の無資力の危険から賃借人を保護すべき必要性とに鑑みれば、賃貸人たる地位に承継があった場合には、敷金に関する法律関係は新賃貸人に当然に承継されるものと解すべきである。そして、上記のような敷金の担保としての性質や賃借人保護の必要性は、賃貸人たる地位の承継が、賃貸物件の売買等による特定承継の場合と、相続による包括承継の場合とで何ら変わるものではないから、賃貸借契約と敷金に関する法律関係に係わる上記の法理は、包括承継の場合にも当然に妥当するものというべきである。」
として、敷金返還請求権は、相続人が分割承継するのではなく、相続により被相続人の賃貸人としての地位を相続し承継したものが全部承継するとして、一審判決を維持し、X社の請求を棄却しました。
説明
本件で問題となっているのは、賃借人は、敷金債務が可分の金銭債務であることを理由に相続人に対してなら誰にでも相続分に応じた敷金債務を請求することができるのか、それとも相続により賃貸人の地位を承継した特定の相続人に対して敷金債務を請求すべきであるのかという問題です。
本判例は、建物賃貸借契約における敷金返還請求義務は、金銭債務だが、相続人が分割承継するのではなく、相続により非相続人の賃貸人としての地位を承継した者が全部承継するとの判断を示した点で、重要です。建物の売買等による賃貸人の地位の場合、譲受人が敷金返還請求義務を負うことは、争いがありませんが、本判例は、相続の場合も同様であることを判示しています。
また、本判例は、遺産分割における合意の際に、その内容に注意することも示唆しています。すなわち、本件においては、
「平成27年1月23日に相続人らの代理人らが集まった際、本件債務について承継割合を含めた具体的協議がされたとは認められず、相続人らから本件記載のある相続税申告書に異議が述べられなかったことをもって、本件債務を法定相続分に従って分割承継するとの合意が成立したと認めることはできない。」
としているように、遺産分割合意の際に、本件建物を相続すると敷金返還債務も承継する可能性を明確に想定せず、合意をしているようです。むろん、結果論の点もありますので、本件での対応は難しいことは否めませんが、今後の相続においては、本判決を踏まえ、合意することが必要です。